北海道産豆腐メンタルの奮闘記

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転職で悩んでいた頃、文章を書くとで楽になることを知る。帯広観光情報、仕事・恋愛・劣等感から起こる人間関係の悩み、考え方や人の心理について書いています。SE1年目

偽善者はうざいと悪者扱いする人の自己防衛心理

 

 

豆腐メンタルのとふめんです。

 

 

偽善者。

それは相手に対しての嫌味の言葉として使用されます。

周囲からの好感度稼ぎのために世間的に評価される行動をする人を指します。

 

しかし、その行動が本当に善意があるかどうかのはその本人しか分かりません。

 

相手のことを思っての本物の善意かもしれないし、

自分の評価を高めたいという隠れた本音があるかもしれません。

 

どちらにしても良い行動をしていることに変わりないが、偽善だと決めつけるのは他人です。

 

今回は、偽善者と言われる立場の行動、偽善者と言う人の心理を紹介していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偽善と思われやすい行動

 

 

善意のある行動の中でも偽善と呼ばれてしまう可能性の高い、特定の行動があります。

それは、「他人のためにした行動」です。

他人のためにした行動は必ずだれかに見られている状況で行うために、印象を与えやすいという点があります。

 

 

 

例えば以下のような行動があります。

 

募金活動

ボランティア活動

他人の荷物を持ってあげる

電車やバスで席を譲る

正義感のある発言

 

これらの行動は他人のためになったり、気遣いが感じられる行動です。

しかし反対に、批判的な評価を受ける可能性もある行動にもなってしまいます。

 

 表向きはとても良い人です。ですが、もしも良い行いをしている人の心の底が見えて本心を知った時、その人への印象は大きく変わってしまいます。

 

 

 

困っている人を助けるときに心の声が聞こえた場合の3つのパターンを紹介します。

 

 

1.困っている人を本心で心配して助けた。

 

2.内心は嫌だったけど周囲の目が気になって

  しぶしぶ困っている人を助けた行動。

 

3.ある休日、仕事関係の知り合いが困っていたのを見かけた

  今助けておけば、後の仕事にメリットがあると思って助けた。

 

 

以上の3パターンの心情を見た時に、本心で動いている「1」は100%の善人であると見ることが出来ます。

 

 

しかし「2」、「3」の人は善意とは他の感情で動いたり、見返りを期待して善意的な行動をしていることが分かってしまいました。

これはは偽善者と判断しますか?

 

赤の他人を助ける際には自分に返ってくる得はほぼないと思われます。

損得勘定で考えると本来はしなくてもよい行動であるので、少なからず気の迷が起こるのが大半だと思います。

これらの損得勘定が頭によぎってしまう人を全て偽善者と分類してしまうと、ほとんどの人間は偽善者に当てはまりますね。

 

 しかしこのような心理は、行動している状況を見ても表面的には表れることなどないので判断できません。

 

行動だけで偽善かどうか読み取ることは普通は無理ということです。

 

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自己主張の強い善意は偽善かも

 

嫌われる 偽善者



 

偽善か本当の善意かは周囲から判断は出来ない、と紹介しましたが、 

「自分は良い事をしているんだぞ」と、いかにも見せつけるような振る舞いをする人は存在します。

 

良い行いをしている俺、カッコいいと思ってしまうナルシスト気質の人。

困っている人を利用して、自分の評価や利益を得ようとする利己的な人。

助けたことで何かの見返りを期待する恩着せがましい人。

周囲や好意的な人の注目を浴びている時だけ異常に張り切る人。

 

このような表面上の善意の裏に利己的な人間のあざとい心理が感じられる場合に、「こいつは偽善者だ」とマイナスのイメージを持たれやすくなります。

 

 

 

 

善人者を悪者扱いする人達の心理

偽善 悪者

人を騙して悪用しようとする行為以外は、たとえ偽善であろうと他人のためになる評価されるべき行動です。

どうしてわざわざ(本心も分からない)善行をしている人たちに悪者扱いするように敵意をしめす人がいるのでしょうか。

 

 

偽善者呼ばわりする人は、少なからずその善行をしている人達に不快感を持っているために、悪意のある印象を付けたがります。

 

 

それは、良い行いをしている人の心にあざとさや狡さが垣間見えた時、

あるいは何もしていない自分に感じた劣等感が原因だと考えられています。

 

自分を「正義」だと正当化するために他人を「偽善者」という悪者に仕立て上げることで自分の評価や地位を守ろうとします。

 

特に劣等感を感じている人は、相手に本当の善意で行動していようがなかろうが、

自分の評価を守る為だけに発言している場合があります。

 

 

 

「偽善者」の言われる人の中に自らの行動を正当化したいと考えることと同じで、何もしていない自分たちを正当化して立場を守ろうとしています。

 

 

 

 

 

偽善者ぶるという日本語

 

相手を蔑む時に「偽善者ぶる」という表現をする人がいます。

小中学生の頃なんて意味も理解せずに使っていたクラスメートもいたかもしれません。

でもこの意味を考えてみると、実は可笑しい日本語なことがわかります。

 

「偽善」という言葉自体が良い人のフリをする。

「偽善者ぶる」になると、良い人のフリのフリをする。

 

良いの反対の反対は良い人です。

悪口を言ったつもりが褒めてますね。

気付かないで使っていると笑われます。

 

 

 

 

偽善活動はした方が良い

 

個人的にはその活動が善意だろうと偽善だろうと意味のある行動だと思います。

行動自体は相手を助けている行為ですから、どんなずるい気持ちが隠れていようと相手が喜んでいてお礼があるならお互いメリットが発生するなら何も悪い事はないです。

 

無関係な周囲からとやかく言われる筋合いはないのです。

 

本当に善意を持っているなら尚更、行動に自信を持って堂々としていた方が良いです。

何をしても考えが合わない人や批判して相手の傷つく反応を楽しむサイコパスもいるくらいですから、偽善なんて言葉を気にするだけ損します。

 

 

独善的な考えは善意ではない

間違えてはいけないのは、自分だけの「正義感」を善意ある行動と勘違いして他人に押し付ける行為です。

相手の為になっていなければ

それこそ自己満足の偽善だと言われても仕方ありません。

 

重要なことはその行動が「相手のためになっているか」です。

 

 

 

 

募金活動に目標金額など必要ない

 

善意とは自ら進んで行うから意味のあることです。

いくら良い行いだろうと、他人に強制する慈善活動は脅迫に近いものになり、善意から外れたものになってしまいます。

 

そう考えると慈善活動である募金活動に目標額が設定されていることなんておかしな話だと感じます。

なにかと競うように達成額を大げさに明示するのは

心理的な誘導を煽っているようで違和感を感じる気がしないでもないです。

 

 

偽善という言葉には簡単には判断しにくい沢山の心理が含まれていることが分かりました。

 

 

参考にさせて戴いたサイトや文献

会話形式で偽善について語られているので読みやすくて面白いです。

 

 

 

 

偽善者がうざい 偽善者にモヤモヤする気持ちの正体について | メンタルの強化書

 

 

 

 

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